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だい

Author:だい
大阪で、日本軍「慰安婦」問題のことを考え、行動しています。

イアンフ・アクション・オオサカ、もりナビ(守口から平和と民主主義を考える会)の主催者のひとり。日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク、子どもたちに渡すな!あぶない教科書 大阪の会所属。

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キム・スム著『ひとり』

2018/09/24 20:55:33 | 書籍の感想 | コメント:-件

 キム・スム著(岡裕美訳)『ひとり』(三一書房)読了。
 この小説は韓国政府に登録された日本軍「慰安婦」被害者が一人になったという設定で物語が紡がれています。主人公の「彼女」もまた中国東北部の慰安所に7年間入れられ、93歳になった「いま」も名乗り出ることなく、誰にも過去を隠したままひとり韓国で暮らしています。そしてテレビに映される「最後」の日本軍「慰安婦」ハルモニの姿をみながら、自分の過去と向かい合うというお話です。

 とても緻密で繊細な言葉遣いには、正直言えば最初戸惑いました。普段は物語の展開を楽しむような小説の読み方をする私は、描写を積み重ねることにより内面に迫ろうとする描き方が、「彼女」という人称や現在と過去との頻繁な場面転換ともあいまって、なかなか慣れなかったというのが正直なところです。でもそれは結局は手法の問題ではなく、人のトラウマにどこまで迫れるかという難しい課題をクリアしなければならないからだということに途中から気づきました。
 著者が引用していたプリモ・レーヴィの言葉「トラウマに対する記憶はそれ自体がトラウマ」……だから被害者を決して傷つけないように、慎重に言葉と場面を選んで書き重ねて行った。その著者の想像を絶する負担が、読み手にも負担を課しているのだと思いました。

 この小説は313もの証言の引用で成り立っています。もちろんその引用は証言としてではなく、物語の中にタペストリーのようにちりばめ編み込まれていて、註釈を見ずとも物語を読み進めることはできますし、現に私もそうしました。
 ただそれを現実に組み込んだ著者の熱意と技量は特筆すべきでしょう。普通ならそんなことはしませんし、そこまでする必要もありません。フィクションなのですから。想像とは嘘を紡ぐことでもあり、リアリズムとはノンフィクションだということでもありません。
 「証言がなければ、私はこの小説を書けなかっただろう」と著者はおっしゃっています。しかしそれは著者にとっては相当の負担を強いただろうと言うことは想像に難くありません。

 愉しむように読んではならない。
 受け止めるように読まなければならない。
 それが著者の意図でもあろうかと思います。

 リアルを求めるということは、時にはわかりやすさを排除することと思います。ノンフィクションは常にリアルと分かりやすさとの狭間で、何を伝え何を削ぎ落すかの闘いでもあるのですが、被害者が感じた一つひとつの苦しみを余すことなく伝えたいという思いが、言葉の選択からひしひしと伝わってきました。

 無数の苦しみの果ての自己の回復。それがこの本のテーマです。
 「わたしもひがいしゃです」
 50歳を過ぎて文字を習得した「彼女」が、やっとの思いでそう書いて、「どうして話せるだろう? 50年、60年、70年以上も隠していた話を」と矛盾を抱えつつ、それでも「話して、そして死にたい」という気持ちに至る過程。それは苦しみを余すところなく伝えようとしているからこそ、読み手にもすんなり入ってくる言葉でした。

 韓国政府に登録された日本軍「慰安婦」被害者239人のうち、存命中は27人になりました。(2018年8月現在、訳者あとがきより。)金福童ハルモニや吉元玉ハルモニ、李容洙ハルモニなど、よく知るハルモニも多くご存命ではありますが、この小説の設定である「生存されている日本軍『慰安婦』被害者が、ただひとりになったある日」はそう遠くないし、その日自分がどのような思いでいるかも想像できるようになってきました。私個人でいえば、それは宋神道さんの訃報に接した日以降の気持ちの変化です。
 被害者にとっての「解決」と、自分にとっての「解決」を分けて考えるようになったのも、その日以降です。
 なので私はすでに、この小説の設定の中を生きているのだと思っています。
 そしてこの小説が未完のような体裁の終わり方をしているように、現実の私たちも未完です。すべての被害者が亡くなっても未完という事態を想像したくはないのですが、日本でロウソク革命でも起きない限りそれは未完で終わってしまうだろうと思っています。
 未完だから、被害者が亡くなられたとしても、やらなければならないことがある。
 そう考えさせられる小説でした。

 エンタメ的な要素が求められる昨今の文学界にあって、残念ながらたくさんの人に読まれる小説ではないのだろうと思っています。でも感受性豊かな人文系の若い学生さんにたくさん読んで欲しい。日本軍「慰安婦」問題を(エンターテイメントではなく)文学に昇華させた、稀有な作品です。本来なら日本で文学賞を取ってもおかしくない、そんな作品です。

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