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だい

Author:だい
大阪・神戸で、日本軍「慰安婦」問題のことを考え、行動しています。

もりナビ(守口から平和と民主主義を考える会)、みんナビ(みんなで考えよう「慰安婦」問題)の主宰者。「慰安婦」問題を考える会・神戸、子どもたちに渡すな!あぶない教科書 大阪の会のメンバー。

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光州民主化運動40年を機に考える日本軍「慰安婦」問題の責任者処罰

2020/05/23 20:41:00 | アピール | コメント:-件

1、光州民主化運動40年と非常事態宣言


 光州民主化運動を知っていますか?
 以前は光州事件と呼ばれていましたが、韓国内では今日、光州民主化運動という言葉が定着しています。
 日本でも大ヒットした映画『タクシー運転手』で事件を知った方も多いでしょう。でもまだ多くの日本人は、この事件のことを知らないのではないかと思います。私もまた十分に知っているとは言えません。

 40年前の1980年5月18日、韓国全羅南道の道庁所在地であった光州は戒厳軍によって封鎖され、民主化を求める学生・市民のデモが弾圧され、多くの市民が無差別に虐殺されました。
 事件の前年、1979年10月26日に朴正煕大統領が暗殺され、18年にわたる軍事独裁政権が幕を下ろしました。しかし12月12日には全斗煥らがクーデターを起こし、政権を掌握。韓国中の学生・市民がこれに反対して、民主化を求めるデモをおこなっていました。
 1980年5月17日、軍の実権を握っていた全斗煥は、非常戒厳令を全国に拡大。のちに大統領となる金大中や金泳三らが連行されました。そして光州では空挺部隊が投入されたのです。軍は銃口を無抵抗の学生や市民に向けました。容赦なくこん棒で殴られました。病院に集められた死体は、顔が無残にも崩れ去り、遺族が身元確認するのさえ困難でした。
 「5.18記念財団」によれば、認定された死者だけでも154人、行方不明者70人、負傷者1628人に上ります。実際の人数はわかりません。いつどこで殺されたかわからない人たちがたくさんいます。軍は死体を隠して埋めてしまいました。証拠は隠ぺいされました。軍部はマスコミを掌握し、事実は報道されませんでした。
 全斗煥はその後8年間も軍事独裁政権を維持し、民主化を求める市民を容赦なく弾圧してきました。

 非常事態宣言という言葉を聞いて、真っ先に思い浮かべるのがこのことです。この街はながらくコロナ非常事態宣言下にあり、一昨日に解除されたばかりです。
 非常事態宣言とは国家がわたしたちの権利を制限し、為政者に強大な権力を与えるものです。その目的が、私たちの生命や生活を守るためのものとは限りません。
 いまはどうですか? 安倍政権は私たちの生命と健康を守るために、その獲得した権限を活用していますか? マスク2枚? 10万円? 自粛要請? そんなものは非常事態宣言がなくてもできたことです。そしてやるべきなのにやっていないことは、山のようにあります。PCR検査、医療体制の確立、休業補償の拡充、生活支援……。やるべきことをやらず、決めたことさえまだ実施していない、それが非常事態宣言なのでしょうか。
 そしていま、安倍政権は憲法に非常事態宣言を書き込もうと、虎視眈々と狙っています。憲法に書き込まれる非常事態宣言とは、コロナ非常事態宣言とレベルが違います。私たちの権利が制限されるだけでなく、事実上国会を停止し、予算権を握り、選挙さえ中止させることができます。文字通りの独裁が可能になるのです。モリ、カケ、サクラ、アベノマスクと、いまでも国家の私物化が著しい安倍政権に、これ以上権力を与えてどうなるのでしょうか?


2、韓国の軍事独裁政権を支えてきた日本


 日本軍「慰安婦」被害者に対して、「なぜいまになって名乗り出たのか?」という質問が、ときどきされます。それは無知が原因の時もあれば、悪意が原因の時もあります。
 それにはたくさんの答えがあります。でもどんな理由があっても無理だったということは、韓国で光州民主化運動と、その事件の顛末のことを知れば、おのずと明らかです。
 韓国では、被害者がすぐに名乗り出ることなんてできませんでした。戦後すぐに朝鮮半島では分断され、冷戦構造が終結するまで軍事独裁体制が続きました。光州民主化運動のように多くの学生や市民が民主主義を訴えましたが、弾圧されてきました。アカという濡れ衣を着せられ、拷問にかけられたり死刑判決を受けた人がたくさんいます。労働組合活動でさえ非合法でした。
 そんな社会の中で、被害を受けた女性たちが名乗り出て、日本政府を訴えることができたでしょうか。
 激しい民主化運動を闘ってきた女性たちが、女性の権利獲得を訴え、そして日本のキーセン観光をやめさせる取り組みなどを行う中で、やっと被害女性たちが声を挙げらられる状況が生まれてきたのです。これは女性たちの闘いの成果です。

 そしてそれは韓国だけではありませんでした。韓国の軍事独裁は、韓国の社会の問題だけではありません。韓国、台湾、フィリピン、インドネシア、マレーシア……アジアの国々は戦後冷戦構造が崩壊するまで、強権独裁体制がどこの国にもありました。それはアメリカの国際戦略の結果です。そしてそれらの国を経済的に支えてきたのが、日本でした。
 賠償ビジネスって聞いたことがありますか?
 日本軍「慰安婦」被害者や強制連行被害者などが名乗り出て、戦後補償裁判を闘った時に、日本政府は裁判所でこう主張していました。
「2国間条約で解決済み」「被害者に対する補償はもう済んでいるのだから、これ以上補償する必要はない」と。
 例えば韓国には5億ドルのお金が支払われました。しかしこれは賠償ではなく、「お見舞金」という名目の経済援助です。被害者への金銭的補償がされなかった、というレベルの話ではありません。丸紅などの日本の商社を通じて、韓国に製鉄所を作ったりダムを作ったり高速鉄道を作ったりしたわけです。それで当時の韓国は「漢江の奇跡」と言われるほどの経済成長を実現しましたが、儲かったのは日本の企業も同じです。被害者が救われたわけではありません。むしろ権力を強化した朴正煕政権は、いっそう民主主義を求める学生・市民を弾圧したのです。
 それと同じことが、フィリピンやインドネシアでも行われています。
 日本は賠償と言いながら、日本の企業にもうけさせ、そしてそれらの国の独裁政権を助けることで、アジアの国々の民主主義を押し潰していったのです。
 いま、日本の民主主義の危機が叫ばれています。私もそう思いますし、これまでもこの場で何度かそう主張してきました。日本の民主主義の危機だと。けれどそう叫ぶ前にいったん立ち止まって、日本の民主主義とは何であったのか、日本の平和主義とは何であったのかということを、一度考えてみる必要があるでしょう。
 冷戦構造の最前線になった国は、朝鮮半島をはじめとして、過去日本が植民地にしたり侵略した国々です。それらの国の独裁体制をアメリカと一緒になって手助けし、支えたのが日本という国の正体です。日本の経済成長と安定は、アジアを市場とし、各国の独裁体制と一緒になってアジアの人々の貧困を食い物に、アジアの人々の民主主義への希求を叩き潰すことで実現してきたのことなのです。

 そうやって被害者が名乗り出られない国家体制を裏から支えておいて、日本政府は言うのです。
 「2国間条約で解決済みです」
 「もう時効が成立してますから」
 おかしくはないですか。そんな主張のどこに正義があるでしょうか?


3、韓国の正義連バッシングに、日本人は喜ぶな!


 韓国ではいま現在でも、軍事政権を支えてきた勢力と、民主化を求める人たちとの間で、熾烈な争いがあります。日本では保守派・革新派という言葉ですが、韓国では保守派と進歩派と呼ばれています。
 韓国では植民地支配から解放された後、すぐに権力を握った人たちは「親日派」と呼ばれた人たちでした。日本が植民地支配していた時に、日本に協力して富を蓄財した人たち、日本軍や朝鮮総督府に協力した人たちが、李承晩政権の基盤になりました。南朝鮮で民主主義を求めた人たち、貧富の差を解消したいと思っていた人たちは、弾圧され、殺されました。
 1948年の済州島4.3事件がありました。朴正煕軍事政権の下でもたくさんの人が逮捕され、1980年の光州民主化運動に対する虐殺、そして1987年の6月民主抗争があり、盧泰愚大統領を最後に軍事政権は終焉を迎えます。しかし、軍事独裁政権でなくても、親日派の残滓は経済を握り、政界のかなりの勢力を握っているわけです。韓国の政治は、軍事独裁政権が終わった後も、そういう親日派の残滓と民主主義を求める人たちとの厳しいの対立関係ですすんできました。金大中、盧武鉉大領領のあと反動があり、親日派に支えられた李明博、朴槿恵大統領がありました。朴槿恵政権の腐敗と国家の私物化が問われてロウソク革命が起こり、文在寅政権の今があります。
 そしていま正義連、昔の挺対協が、保守勢力・親日派の残滓から厳しい攻撃にさらされています。そもそもは李容洙ハルモニが正義連を批判したことに始まるのですが、事態はその2者の「いさかい」をはるかに超えています。
 この一連の騒動の前には、曺国法相への攻撃がありました。曺国法相は、検察改革を進めようとして攻撃にさらされ、失脚しました。なぜ検察改革をしようとしていたかわかりますか? 検察が歴代軍事政権を支えてきたからです。そして軍事政権が終わっても、民主化勢力を目の敵にしてきたからです。公平ではなかったからです。
 盧武鉉大統領が検察に追及され、自殺しました。2009年5月23日のことです。
 明らかな不正のある朴槿恵大統領を訴追するためには、のべ1700万人が参加したロウソク革命が必要だった。けれど盧武鉉を訴追することは検察当局にとっては簡単だったわけです。韓国の検察が、誰の立場に立っているかわかるでしょう?

 いま尹美香さんや正義連の周りで起こっていることは、そういうことです。
 日本軍「慰安婦」被害者の訴えに真剣に耳を傾けるならば、女性の人権を社会に根付かせたいと思うならば、日本の戦争責任・植民地支配の責任を追及したいと思うならば、それが目障りで仕方がない人たちが韓国内にもたくさんいるのです。韓国には。挺対協の事務所にもこれまで右派がデモに押しかけてこられたことはありました。その代表である尹美香さんが国会議員になった。そういうのが目障りで仕方がなくて、粗探しをする人がいるのです。彼女を追い落とすことで、文在寅政権を終わらせ、民主化にストップをかけたい。オトコの沽券を守りたい。弱い人が尊重される社会ではなく、弱い人を踏みつけにして儲けやすい社会を作りたい。そういう人たちがいるのです。

 でも、私は日本人ですから、韓国の政治情勢に詳しく立ち入る気にはなれません。韓国社会に責任を持つ立場にはないからです。
 日本が国家として加害の事実をキチンと認定し、被害者に謝罪をし補償をしていれば、今日の正義連を巡る問題はありませんでした。李容洙ハルモニの葛藤もありませんでした。日本軍「慰安婦」問題とは、韓国の保守・進歩勢力の対立の話ではありませんし、正義連のお金の使い道の問題でもありません。日本が国家としてどう責任を取るかの問題です。
 だから、この事件に対する日本人の騒ぎ方には、本当に我慢がなりません。
 正義連を毀損するのに夢中になっている人の多くは、日本軍「慰安婦」問題そのものがなかったとしたい人たちです。李容洙ハルモニが正義連を「告発」したと喜んでいる日本人の多くは、「李容洙はニセモノの被害者だ」と誹謗中傷してきた連中です。

 仮に尹美香さんや正義連に間違ったところがあったとしたって、私たちの社会が犯した過ちが帳消しになるのでしょうか? 少しでもなかったことになるでしょうか?
 そんなことは、微塵もないでしょう?!
 なぜ、この事件で喜ぶ、日本人?! 余りにも醜いですよ。自分が日本人でいることが、はずかしくなりますよ。私たちの日本が過去犯してきた歴史は消えてなくならない。戦後被害者に強いてきた苦しみに対する日本政府の責任は消えてなくならない。
 私たちの日本という国家の責任は、罪は、なくなったりはしないのです。

 尹美香さんや正義連を非難する日本人に問いたい。隣の国のイザコザをみて、喜んでいられる立場かと!
 その卑しい心を、そのままそっくり黒川検事長に向けたらどうですか? 
 黒川検事長は安倍を訴追しろよ。ネタはたくさんあるじゃないですか。やらないから、黒川さんはこれまで安倍に守られ、優遇されてきたんでしょ? でも黒川さんは賭け麻雀の責任をとって辞職しましたよね。どうせ黒川さんの後釜も、安倍のいいなりなんでしょ。日本の検察の方がずっと、安倍政権にべったりじゃないですか!
 モリ、カケ、サクラ、アベノマスク、詩織さん事件……明らかな巨悪があなたのすぐそばにあるのに、そこを問題にせず、隣の国の日本の加害を追及する運動のイザコザを喜んで取り上げ、喜んでいる。そんなの、サイテーな人間のやることですよ。違いますか?
 もし違うというなら、ロウソクを持って御堂筋にでも出ようよ、今すぐ。


4、光州民主化運動の責任者処罰と、
  日本軍「慰安婦」被害者が求めた責任者処罰


 私は光州に1度だけ行ったことがあります。2014年の8月だから、今から6年前のことです。目的地の南原に行く前にたった1日ですが光州に宿泊し、国立5.18民主墓地を見学しました。案内する人もなく韓国語も話せないために十分ではなかったのですが、それでも十分すぎるほど衝撃を受けました。
 広い遺影奉安所に所狭しと並べられたたくさんの遺影には、その人ひとり一人の違った人生と共通する死を想起し、胸が詰まりました。若い人の姿も、子どもの写真もありました。生きてさえいればあったであろう無限の可能性が、許されなかったという重たさ。それが天災ではなく、事故でもなく、明らかな国家の意志として行われたことに深い憤りを覚えました。そして広い墓地には一目では見渡せないほどのたくさんのお墓が拡がっています。なかには行方不明者、つまり遺骨のない墓もたくさんありました。遺骨はどこにあるのでしょうか? その人の魂は、どこにあるのでしょうか? 私は無神論者なので魂などという言葉を使うのもおかしいのですが、祀られるべきものが行方不明にされているというという責任は、また違うレベルの話です。果たされるべき責任が果たされていない、死が、命が軽んじられているという問題です。

 そしてもっとも衝撃を受けたのは、5.18追慕館という展示館の中にあった、1枚のパネルです。そこには青い囚人服を着た、全斗煥と盧泰愚の写真がありました。
 私はそれを見て、目の前の靄が、さあっと散っていくような感覚でした。
 1995年、全斗煥は盧泰愚と共に、クーデターや光州民主化運動に対する虐殺を追及する「5.18特別法」によって逮捕され、1997年には責任を問われて無期懲役の判決を受けました。ふたりとも、同年の金大中大統領当選直後に特別赦免となり釈放されたとはいえ、無期懲役の判決を受けた犯罪者であるということが、「国立」の施設に展示されているのです。責任者が処罰されたと、それが歴史的事実であると、明記されいるのです。
 光州民主化運動の被害者は長い間、アカの暴徒とレッテルを張られ、国家によって「犯罪者」とされてきました。それが今では名誉回復され、全斗煥と盧泰愚という二人の大統領が「犯罪者」として歴史に刻まれているのです。これを見たときに、私は被害者の名誉回復と責任者処罰が対になっているのだと、はっきり自覚できました。「犯罪者」とされた者の名誉が回復されるためには、「本当の犯罪者が誰であったのか」ということが示されなければならないのです。殺された者が「犯罪者」でないのであれば、殺した者の処罰が問われて当然です。

 日本軍「慰安婦」被害者たちは、声を挙げた最初から「責任者処罰」を問うていました。「天皇は謝れ!」と一貫して主張していました。なぜか。自分が悪くなかったのだと納得するためには、自分の名誉が回復されるためには、誰に責任があるかということを明らかにし、処罰されることが必要だからです。光州民主化運動と同じく、それは当然のことなのです。
 正直に言えば私も以前は、「責任者処罰」という言葉を若干の躊躇いをもって受けとめていました。もちろん被害者当人たちの要求ですし、私自身昭和天皇に責任があるとは思っていましたので、口に出して反対こそしないのですが、「処罰」という言葉が当時の私には過激に感じられたのでしょうね。
 でも、もちろん、決して過激ではありません。それは当然であり、むしろ必要なことなのです。
 光州民主化運動で虐殺された被害者と遺族にとって、全斗煥と盧泰愚の「責任者処罰」が必要であったように、日本軍「慰安婦」被害者にとっても昭和天皇の「責任者処罰」が必要なのです。昭和天皇はすでに亡くなっていますが、亡くなった人の責任を問えないということはありません。国家が「昭和天皇に責任があった、処罰されるべきだった」と認め、歴史に刻まれればそれでいいのです。
 2013年に亡くなられた黄錦周ハルモニは、生前このようにおっしゃっていたそうです。
「天皇の命令で行かされた。昭和天皇は死んだから、今の天皇が『おばあさん、私のお父さんが悪いことをしました』と謝罪した紙を直接私に渡して欲しい。そうしたら私のことを知ってる人みんなに見せて回りたい!」と。
 「私に罪はない!」……黄錦周ハルモニは周囲の人に、そう叫びたかったのだろうと思います。

 今年の5月18日、文在寅大統領は光州5.18民主化運動記念式でこのように演説しました。
「1980年5月、光州が血を流し死んでいく時、光州と共にできなかったことが、その時代を生きた市民の一人として本当に申し訳ない。あの時、公権力が光州で行った野蛮的な暴力と虐殺に対し大統領として国民を代表しもう一度深く謝罪します。今も5.18を否定し侮辱する妄言が、はばかりなく大きな声で叫ばれている現実が国民の一人としてあまりにも恥ずかしい。」
 そして、このようにも言いました。
「虐殺の責任者、秘密埋葬と性暴力の問題、ヘリからの射撃など、明かすべき真実が依然として多い。今なお究明されない真実を明らかにすることが、今、私たちがすべきことだ。」

 心からの謝罪とは、このように行うものです。本当にそう思います。正直に言えば彼の演説文すべてがいいとは思っていません。それでも、それは日本人である私が言えるようなことではないし、ましてや安倍のような歴史修正主義者を首相にしている私たちです。
 「強制連行はなかった」
 「性奴隷ではない」
 「戦争犯罪ではない」
 日本軍「慰安婦」問題について、そんなことを平気で言うのが私たちの首相であり、だからこそ私たちは声を挙げなければならないと思っています。
 「責任者を処罰せよ!」と。
 謝罪する気のない人間に対しては、処罰を求めるしかありません。亡くなった被害者も含め、日本軍「慰安婦」被害者の名誉回復のための、ひいては加害者である私たちの名誉回復のための、それが唯一の道です。


[2020年5月23日 梅田解放区でのアピール原稿]


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